活気あるチームワークで
どこよりもお客様のお役に立ち、
どこよりも輝き、どこよりも発展し、
皆が幸せになる「世界一の理想の企業」
をめざしています。

城南信用金庫に
ついて

城南信用金庫の歴史

信用金庫は、「利益」のための金融機関ではなく、
地域の人々が平等に利用でき、
地域の人々の幸せ、地域社会の発展、繁栄のために奉仕する
「公共的使命」を達成するための金融機関です。
思いやりのある社会をつくる。
それが、城南信用金庫の原点。
ここでは、その起源から現在にいたるまでを、
ご紹介します。

1844-

19世紀

協同組合の誕生

産業革命の弊害を解決して
誰もが幸せで豊かな暮らしを

蒸気機関に代表される、高性能化した機械を導入することで近代的な工場や会社を次々に誕生させたイギリス産業革命。産業や社会が変革を遂げる一方で、資本家と労働者、あるいは大生産者と小生産者との貧富の差は拡大し、社会は混乱していきました。そこに起こったのが、労働者がお金を出し合い、組織をつくって互いに助け合う社会を築こうという社会運動。1844年、イギリスのマンチェスター近郊のロッチデールで設立された世界初の協同組合「ロッチデール公正先駆者組合」はその一つです。組合が運営理念に掲げたのは、全員が投票権を持つこと、剰余金を分配すること等でした。その考えは、ドイツを経て日本にも伝わり、1900年にドイツ商工業者の信用組合を見習った産業組合法が制定され、これにより、信用金庫の原型となる信用組合の設立が可能になりました。

協同組合 : 共通する目的のために個人あるいは中小企業者等が集まり、組合員となって事業体を設立して共同で所有し、民主的な管理運営を行っていく非営利の相互扶助組織。連帯経済の主要な担い手である。

1902-

世紀前半

都内最古の
信用組合

「ただ公益事業に尽くせ」と、
1902年入新井信用組合誕生

産業組合法制定から2年が経った1902年、幕府の重鎮であり、上総一宮藩最後の藩主であった加納久宜子爵が、東京・大森山王にある自邸を事務所にして入新井信用組合を設立しました。貧しい庶民の暮らしを助けたいとの想いで立ち上げた、都内最古の信用組合です。加納子爵は、信用組合の普及・啓蒙に一生を捧げた人物です。国のために、地域のために、民衆のために尽くすといった公共的な使命感を信用組合の柱に据え、「一にも公益事業、二にも公益事業、ただ公益事業に尽くせ」の言葉を遺しています。加納子爵の尽力は実を結び、入新井信用組合に学んだ近隣の有力者は、相次いで信用組合を設立していきました。城南信用金庫の発足には、入新井信用組合を始めとするこれらの信用組合が深く関わっているのです。

加納久宜子爵 鹿児島県歴史資料センター黎明館蔵

加納久宜子爵
鹿児島県歴史資料センター黎明館蔵

1945-

戦後

小原鐵五郎の
活躍

焼け跡に希望を
城南信用金庫の誕生

城南信用金庫は、1945年8月、空襲によって焦土と化した終戦直前の東京・城南地区で、城南信用組合が発足したことに始まります。入新井信用組合を含めた15の信用組合の合併によるものでした。その後、1951年6月に施行された信用金庫法に伴い、同年10月、全国の信用組合に先がけて改組。名称を現在の城南信用金庫と改めました。
イギリスで生まれた協同組合をルーツに、加納久宜子爵の信用組合を経て発足した城南信用金庫は、一貫して、人々を幸せにすること、困っている方を助けることを使命にしています。その理念は1956年5月、第3代理事長に就任した小原鐵五郎の言葉からもうかがえるでしょう。例えば「銀行に成り下がるな」。金融機関は都市銀行を頂点に、地方銀行、信用金庫が続くと思われがちです。この言葉は常識を覆し、利益目的の銀行などと一線を画して、思いやりや絆を大切にした社会を築くためにある信用金庫の誇りを表しています。他にもさまざまな言葉を遺していますが、いずれも城南信用金庫の理念に基づいたものばかりです。

小原鐵五郎

小原鐵五郎

小原 鐵五郎 語録

「銀行に成り下がるな」・・・「世のため、人のため」という公共的な目的で設立されたのが信用金庫であり、利益目的の銀行とは一線を画すものである。「貸すも親切、貸さぬも親切」・・・お客様のためにならないお金は貸さず、お役に立ち、感謝されて返ってくるような生きたお金を貸さなければならない。「裾野金融」・・・大企業を富士の頂だとしたら、中小企業の広大な裾野があってこそ経済は成り立つ。「カードは麻薬」・・・安易に借金に頼ると、「勤倹貯蓄の精神」を失い生活が破綻してしまう。「人の性は善なり」・・・恩情を持って接すれば、その心は必ず相手に通じ相手も応えようと努力する。

1990-

現在

世界一の理想の
企業をめざして

3つのビジョンの実現をめざし、
多彩なサービス、各種制度を推進

城南信用金庫は、リスク商品を取扱いません。また、お客様からお預かりしたお金はリスクの高い商品には投資せず、一貫して健全で堅実な経営を貫いてきました。その一方で、業界のパイオニアとなるような斬新なサービスもコンスタントに生み出し続けています。
1990年代より「お客様本位」の経営方針を掲げ、不良債権のディスクロージャーや、城南独自のプライムレートの導入、懸賞金付き定期預金「スーパードリーム」の取扱い等、業界や大蔵省の抵抗や反対をはねのけて、他と横並びではない独自の経営戦略、施策を次々と打ち出してきました。
2010年からは信用金庫の原点回帰を掲げた経営改革を開始。「中小企業の健全な育成発展」「豊かな国民生活の実現」「地域社会繁栄への奉仕」という経営理念(3つのビジョン)の実現をめざし、「どうすれば、お客様に喜んでいただけるのか」「何をすれば、お客様が幸せになれるのか」を常に考え、全力で取組んでいます。
また、城南信用金庫では、「全員渉外」をテーマに掲げ、男女の垣根をなくし、女性職員についても渉外・融資業務にどんどん挑戦するなど、多くの経験を通じた上で将来のリーダーをめざすことを積極的に進めています。男性と女性がお互いを尊重し、「思いやり、助け合い」の精神を持って、一人ひとりが人間として成長することにより、活気あるチームワークでどこよりもお客様のお役に立ち、どこよりも輝き、どこよりも発展し、皆が幸せになる「世界一の理想の企業」をめざしています。

経営理念(3つのビジョン)

●中小企業の健全な育成発展 ●豊かな国民生活の実現 ●地域社会繁栄への奉仕

経営方針

●「人を大切にする経営」「思いやりを大切にする経営」の徹底
●「健全経営」「堅実経営」の徹底
●「お客様本位」に基づいた取組みの徹底

年表
19世紀
英国マンチェスターで、協同組合運動が起こる
明治33年
庶民の相互扶助を目的とした産業組合法が成立
明治35年
入新井信用組合(現:城南信用金庫入新井支店)が設立
明治38年
第一回産業組合全国大会を入新井信用組合が主催
昭和20年
城南地区の15信用組合が合併して城南信用組合を設立
昭和26年
信用金庫法にもとづき信用金庫に改組
平成3年
わが国初の独自のプライムレートを導入
平成4年
わが国初の不良債権のディスクロージャーを実施
平成6年
わが国初の懸賞金付き定期預金「スーパードリーム」の取扱い開始、金融界の横並びに風穴を開け、内外から高い評価を得る
平成13年
わが国初の民間版長期固定住宅ローン「超固定」の取扱い開始、国会で小泉首相(当時)が、城南を賞賛
平成16年
懸賞金付き定期預金「スーパードリーム」に最高100万円が当たる「ドリーム大賞」を追加
平成22年
信用金庫の原点回帰を掲げた経営改革の開始
平成23年
原発に頼らない安心できる社会の実現をめざした取組み 東日本大震災に対する被災地支援活動の開始
平成26年
女性登用の数値目標の公表
平成29年
ダイバーシティ推進プロジェクトチーム発足 「TOKYO働き方改革宣言企業」に採用
令和2年
新型コロナウイルス対策資金「城南エール」の取扱い開始