「産業組合法」制定から2年が経った1902年、上総一宮藩最後の藩主であった加納久宜子爵が入新井信用組合を設立しました。「貧しい庶民の暮らしを助けたい」との想いで立ち上げた都内最古の信用組合です。加納子爵の尽力は実を結び、入新井信用組合に学んだ近隣の有力者は、相次いで信用組合を設立していきました。そして、1945年8月、空襲によって焦土と化した終戦直前の東京・城南地区で15の信用組合が合併し、城南信用組合が発足しました。その後、1951年6月の信用金庫法施行に伴い、同年10月、全国の信用組合に先がけて改組。名称を現在の城南信用金庫へと改めました。そして第三代理事長になった小原鐡五郎は加納子爵の理念を受け継ぎ、思いやりや絆を大切にした城南信用金庫の理念を盤石なものとしたのです。